東日本大震災 宮城県塩竈市中の島 2011年3月11日午後4時17分の様子


最初の地震が起きたのは2時46分と発表されているから
この映像は地震から91分後のもの、ということになる
映像中にもあるが、最大水深からは5~8cmほど下がっていることと
目の前の海水が右から左へ流れていることから
第2波か第3波に来た、今回の最大の津波の
引き波時の映像であると思われる

この日は通常業務にあたっており、地震の際にはすぐに外へ出た
次々と工場の外に出てくる従業員たち
僕の場合「立っていられない」ほどではなかったが
皆、表の駐車場にしゃがみ込み、悲鳴を上げていた
よくある地震とは違い、永遠とも思える異様な長さ
うねる地面としなる電柱に怯えながら耐えるしかなかった

強い揺れがいったんおさまって津波警報がでるまで
どのくらいの時間が経っていたのか、正直、よく覚えていない
「家に帰りたい」と申し出る従業員に
なんと答えていいものか、判断がつかなかった
そうこうしているうちに「津波の高さは10m以上」の町内放送の音声が耳に届く
「そんなバカな、有り得ない」
おそらく、ほとんどの人がそう思ったに違いない
残る者、帰る者、判断は個々に任せるしかなかった

強い余震が何度も続く中
工場の2Fに避難した人に付き添ったり
外の様子をみたりしているうちに
この映像が目の前に広がっていた
というわけである
by mahasatou | 2011-03-20 21:44 | Comments(2)
Commented by さくま at 2011-03-21 20:46 x
こんにちは、さとうさん。
あの地震の直後、さとうさんの周りではこんなに津波の恐怖にさらされていたんですね。こわいです。私は自宅へ帰る途中うわさで大津波が来るんだって聞いてもどういうことなんだか想像もできませんでした。ただ、津波じゃなくて大津波という言葉に異常な恐怖を感じていました。
本当にご無事でよかったです。
Commented by mahasatou at 2011-03-21 22:24
さくまさん ありがとうございますも

僕の会社は尚光堂さんから300m位のところでしょうか
尚光堂さんが胸くらいの高さでここは腰くらいの高さ
と言ったらわかりやすいかもしれません
当日会社で一晩過ごしたわけですが
ほかの地域の情報が入って
塩竈がほかの地域より被害が少なかったと知ったのは
地震からしばらく経ってからで
それまでは一体何が起こっているのか
実感できない状態でした
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